先日、職場で緊急災害時対応用のヘルメットが配られて、ドンパチ世代?はメットを見ると何故か血が騒ぐ⁈というようなことを記しましたが、それに付随する話で当時は『解放区』という言葉も盛んに使われました。解放区とは革命勢力が、実力を持って現政府を排除して支配下に置いた地域。特に、中国共産党が国民党政府より勝ち取った地域を指すことが多い。(中国共産党革命根拠地を参照) 西サハラのうちポリサリオ戦線が実効支配している地域。(サハラ・アラブ民主共和国を参照)。当時日本では、『神田カルチェ・ラタン闘争によりJR御茶ノ水駅界隈に現出した地区』が有名。ドキュメンタリー「解放区」(TBSテレビで放送されているドキュメンタリー番組)
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原語は中国語。反動的な支配を覆し、人民の権力を樹立した地域の意味で、中国共産党が日中戦争期、戦後の国民党との内戦期に、共産党の指導する軍隊が日本軍、傀儡(かいらい)軍、国民党軍の支配から解放した地域をさすのに用いた。日中戦争期、延安(えんあん)を中心として、日本軍占領下の華北・華中の農村地帯、内戦期の東北・華北・中原(ちゅうげん)の解放区が有名。そこでは共産党によって政治、経済、社会、文化面での改革が遂行されることにより、これら地域が共産党勢力の基盤となり、のちに解放区は拡大・統合されて全国的権力を樹立する重要な基礎となった。第二次世界大戦後、中国以外でも南ベトナムなどアジア、アフリカ南部、中南米、アフガニスタンで、外国勢力、傀儡政府軍に対する反体制勢力の支配する地域を「解放区」と称した。また、1960年代後半のパリの五月革命や日本の大学闘争の盛んな一時期、大学や町の一角を占拠して、国家権力の支配を遮断し、学生、市民の権力によって秩序化した革命的地域空間を「解放区」と称したこともある。
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)
職場の中に解放区を作ろうという話ではなく、自分自身でこの3月から新たに通っているスポーツジム『ルネサンス小幡』でのトレーニング時間の3時間が現在の私の解放区だと最近思えるようになってきました。ここに身を置いている時間帯は、『自己責任の下で
日常的な世俗から全く乖離した自分だけの世界であり時間である❢』と思えるようになってきた事も事実。テニスで思い切り汗を流したりスーパー銭湯にじっくりと浸かって汗を流している時価帯も確かに非日常的な空間であることに違いはないが、まったくもって自分の裁量で自分のために思い切り汗を流し、その間は何も考えることなく副産物としての健康が手に入る世界。この時間帯だけは仕事も家族も生活感も何もなく、ただ解き離れた時間が静かに流れていくだけの空間。ドンパチ時代のキャッチである『体制からの解放』ではなく、心の解放区を見つけた気分に心が高揚しているのも事実です。新しい年度になって職場や学校などでも、いろいろな変化があることと思います。ワクワクすることもあれば、緊張することもあればと人それぞれの感じ方がある春の季節。活力とストレスが同居しそうな季節でありしばらくすると、その反動から5月病なるものを発症する?方もおいでになるとか?そんな時に自分自身を見失わないようにすることが一番大事だと思っています。「日常」と「非日常」という言葉があります。「非日常」とは「ふだん自分が生活したり、つきあったりするのとは全く次元を異にする世界」と新明解国語辞典にありました。先日記しましたウェートコントロールという目の前の目標に対して、「全く次元を異にする世界」に身を置かなければならないと思い、今までの延長ということではなく、次元の違った、量も質も違った特別の体制をつくった取り組みが必要だということを思いました。この「非日常」の経験が「日常」を変化させることになります。クラブの練習も同じことが言えます。大きな大会や特別な大会に向けて特別練習や合宿を行ったりします。プロ野球選手も、シーズン途中に「ミニキャンプ」を行ったりすることがあるようです。これらは「非日常」の取り組みです。このことにより、体力・技術が向上し今までと違った状態、違った「日常」を作り出すことができます。非日常的感覚と解放区の感覚。どこかに通っているものが私の中には芽生えたのかもしれない春の季節の1コマです。

